エフェソの信徒への手紙 3:14〜21 「愛の広さ、長さ、高さ、深さ」

石井和典 牧師

 キリストと出会うと人が変わります。変わり続けます。どのように変わるのかがここに記されています。エフェソの信徒への手紙3:16〜17です。

 どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。

 神の霊によって内なる人が強められて、それによって変革されていく道です。いままでは全然違う歩みをしてきたかもしれません。自分の肉の部分が変化させられることによって、自分が変わっていくということをまず一番に求めてきたかもしれません。しかし、神様がわたしたちに与えてくださる変化というのは、神の霊が内に住んでくださることによって、その人が根本から変えられるという道です。これはもとからあったものが変化して、よくなってなんとか肉体や性格が変えられて変化するというものではありません。

 キリスト教の力強い指導者たちは、多くの人々が、はじめは悪人と揶揄されてしまうような人でありました。使徒パウロがその最たる人です。クリスチャンを殺すために走り回っていた人だったのですから。見方によっては、悪人の中の悪人とも言えます。彼が犯した罪というのは、恐ろしいものです。しかし、それも主によって赦されてしまいました。そこから彼の人生は転換していったのです。

 まるっきり生まれ変わるような変化です。キリストが内に住んでくださるという変化によって変わったのです。キリストが内に住まわれるということがわからないときは、罪を犯して歩んできてしまいました。そこから、罪を犯すことなく歩むものへと導かれて変わっていくのです。

 キリストが内に住んでくださっているという復活の命を得たから、生まれ変わり。罪を犯すことから解放されていきます。エフェソ書の2:1〜5にこのように記されています。

 さて、あなたがたは、以前は自分の過ちと罪のために死んでいたのです。この世を支配する者、かの空中に勢力を持つ者、すなわち、不従順な者たちの内に今も働く霊に従い、過ちと罪を犯して歩んでいました。わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。しかし、憐れみ豊かな神は、わたしたちをこの上なく愛してくださり、その愛によって、罪のために死んでいたわたしたちをキリストと共に生かし、――あなたがたの救われたのは恵みによるのです――キリスト・イエスによって共に復活させ、共に天の王座に着かせてくださいました。

 罪ゆえに、自分の肉や心の欲するままに行動していました。しかし、キリストが聖霊によって内に住まわってくださることによって、死んでいたものが生き返り、イエスと共に歩み命の躍動の中に招き入れられました。だから、信じるもの命を宿したものの集まりである教会というのは、神の霊の宿る「神の住まい」と言われるわけです。神の霊が住んでいる人たちの集まりエクレーシア(集会)が教会です。エフェソ書2:19〜22。

 従って、あなたがたはもはや、外国人でも寄留者でもなく、聖なる民に属する者、神の家族であり、使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエス御自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿となります。キリストにおいて、あなたがたも共に建てられ、霊の働きによって神の住まいとなるのです。

 キリストが宿るという命を受け取った人々が集う共同体、それが教会であるということです。ここに来れば、キリストが宿っている一人ひとりを通してキリストと出会うことができる。ひとりひとりの行動、言葉、態度の中にキリストが宿っていることを見ていくことができます。

 さらにエフェソの信徒への手紙を書いた使徒パウロは、この霊が宿る住まいの中で、自分は異邦人のために福音をのべつたえる使命を主から賜ったのだと自覚しています。そして、その使命を賜った自分のことをこのように表現しています。エフェソ書3:8。

 この恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらないわたしに与えられました。

 キリストが宿って、キリストがこの世でなそうとしておられることを、自分の体を通して実行して、この世でキリストを生きるということが、その恵みの偉大さに震え上がるようにして、自分というつまらないものの内に宿っている神の霊の働きに驚いている言葉です。

 だから、パウロは祈ることの偉大さを知っています。天の神があらゆる被造物に対して名を与えられて、その支配権と権威をお持ちであることを信じながら、祈ることの重要さを教えてくれています。エフェソ書3:14、15。

 こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。

 ひざまずいて祈ることを通して、自分がこの全世界の、代々にある教会の、目に見えるだけではなく、見えざる全世界の教会の一部であることを実感して祈ることができます。パウロともつながっていることを体験することができます。それがひざまずいて祈るということの偉大さです。サタンはこのように祈ることを阻害して、祈らないようにしてきます。というのも、祈りがキリストの体という教会の自覚、神の神殿であるという自覚。聖霊がやどり、この世でキリストの体として歩むという自覚を生み出し。さらには、全能者である神、その支配権、権威、力への信仰を呼び覚まし、クリスチャンが力をもって歩むことができるようにするものだからです。

 これを奪ってしまえば、力がなくなってしまいます。だから、なんとかして祈りを否定しようとします。そのような力に負けてはなりません。祈りによって見えざる教会、キリストの体なる教会につながることをもって、力が与えられるのです。エフェソ書3:16、17。

 どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。

 霊がくだり、神の心が入ってきて、力をもって内なる人を強めてくださって、キリストが宿り教会のあるべきすがたが実現していく。愛が実現する。そのためには聖霊を受けていかなければなりません。聖霊はどのようにして受けるのでしょうか。それはルカ福音書でイエス様がお語りになられています。ルカ福音書11:9〜13。

 そこで、わたしは言っておく。求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。あなたがたの中に、魚を欲しがる子供に、魚の代わりに蛇を与える父親がいるだろうか。また、卵を欲しがるのに、さそりを与える父親がいるだろうか。このように、あなたがたは悪い者でありながらも、自分の子供には良い物を与えることを知っている。まして天の父は求める者に聖霊を与えてくださる。

 最後のところをみていただくと「聖霊」が記されています。この聖霊を求めよ、しかもしつこく求め続けよということがルカに記されていることですね。神様に対して、扉の戸を叩いて、与えてもらえるまで、叩き続けなさいとイエス様は教えてくださったのです。それは具体的に言えば、パウロが祈り続けていたように、祈りの中で求め続けるということです。霊を受けるということによって、はじめて、人は生まれ変わるわけですし、キリストの愛がわかり、愛がわかると、その愛に根ざして生きる人になっていく。

 祈りの中で、わたしのことを求めてくれ。ただそれだけでいいんだ。

 という、神様の叫びが私には聞こえてきます。そうすれば、エフェソ3:18。

 キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。

 神の満ちあふれる豊かさにあずかって、満たされていくように。これがパウロが民のために祈り続けていたことですし、祈りの中で民の中に実現していくことです。本日のエフェソの信徒への手紙3:14に記されているように。

 こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。

 といことばと、パウロの態度がいかにわたしたちを導くものか。この言葉の重大さを受け止めてください。

 十字架によって神との関係が回復させられて、ホットラインである祈りが回復されているものたち。それが教会、エクレーシア、集会。その対話の中で主に聞いていただいたことは、すべて主のご意思の中で実現していきます。それがエフェソ3:20以下に記されている内容です。

 わたしたちの内に働く御力によって、わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、はるかに超えてかなえることのおできになる方に、教会により、また、キリスト・イエスによって、栄光が世々限りなくありますように。アーメン。

 内に働く聖霊の力によって、願ったり思ったり、すること、すなわち祈ることをすべて、わたしたちの思いを超えて、御自身の思いによって実現してくださる神を信じる幸いを得ている。

 主の御心にそってわたしたちが祈ったことはすべて実現していきます。祈りが聞かれています。キリストの思いを祈り、キリストに聞いていただいて、世界を変えていきたいと思います。キリストの愛のままに。アーメン。